濃霧の十勝海岸
ナウマン象の化石が発掘されたこともある十勝海岸・・・。
海岸線は、大正5年の5万分の1の地図をみると、はっきりした歩道の記号があり、漁場の名も書かれています。
それは柱だけになった廃屋のところなのですが、川があっても橋がないので、靴を脱いでジャブジャブこぎ渡るよりなかったのです。
国鉄根室本線が開通するまでは、ここは十勝の表通りでした。
明治35年博徒の縄張り争いから、十勝河口にあった大津警察署に殴り込みをかけ、護送中の反対派の親分を警察で切り殺すという血なまぐさい、大津事件として全国に報道された事件もありました。
その事件では、白昼ダンビラをさげて表街道を横行したり、ピストルをはでにうち合ったり、それを鎮圧に馬で出かけたまま、横っ飛ひに逃げた豪傑があったとか・・・
それらは今はすべて白昼夢のように消えうせて、大津警察のあった大津村も、新しい市町村合併で、三町村に分轄合併されてしまいました。
明治14年、十勝開拓者依田勉三が釧路方面を視察にこの辺を通って、駅逓(官設の宿泊所)で馬をかりたら、むしろをかけた馬に乗せられて、くつわは次の駅逓に頼んで、馬を放してくれといわれ、日記に
「馬ハ野二放タレヨ数日ヲ経レバ馬自ラ帰ルベシト、
実二其質朴ナル義皇以上ノ民タルガ如シ」
・・・と驚いています。
しかし、昔はよく他人の放牧馬に勝手に乗って旅をする者もあったようですが、私の通った時にはその放牧馬の姿もありませんでした。
今の新しい地図にもまだ、道の記号は記入されてはいません。
札幌旅行だけでなく、ぜひ北海道全体を旅してみることをおすすめします。